きっかけ

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きっかけ

「御山の様子がおかしいと……今朝、山守(やまもり)から連絡があったんですよ」  陰陽院に出勤したばかりのヒノエに対し、どこか抜けた性格の上司は開口するや否や霊域の一つである御山の話を始めた。 「その御山は小さいながらも霊域を宿していますから、軽視することはしたくないんです。昨今騒ぎをおこしている異形のものも関係しているかも知れないと山守が不安がりますし、行かないわけには行かないでしょう?」 「そう、ですね……。神無月の季節ですから、異形の様子も視察しなければなりませんね」 「そうですよね、困りましたよね? いきなりな話ですからねぇ」  何も準備ができてないのに、そう呟きながらも上司は机の引き出しをあさり始める。 「あの、トキ様……?」  嫌な予感をひしひしと感じながら、ヒノエは半ば確信に満ちた問いを上司に投げかけた。 「まさか、その視察を……ボクに?」 「ええ。ヒノエ、キミが様子を見てきてくれませんか?」  陰陽院に属する上司――トキは、そう言うや否やまだ新人陰陽師であるヒノエに一つの指令を出した。 「この札を山頂の祠に貼ってきて下さい。そろそろ結界が綻び始める時期ですし、少し慎重になり過ぎたくらいが丁度良いでしょう。あの御山に住まう異形らにはそこまで強いものたちも居ませんから――キミでも大丈夫です。充分いけます」  不安な気持ちが、顔に出ていたのだろう。  トキはそう言うと三枚の御札をヒノエの掌へと乗せた。 「トキ様? あの、ボクはまだ式すら持っていないのに――」  身を守るための心得はあるものの、守護や攻撃の補助を頼める式がいない。それはまだ新米陰陽師のヒノエにとって大きな不安要素であった。  だが、トキはヒノエの言葉を聞いているのかいないのか、手を引くと歩き出す。そして二の句を継げないうちに、トキは陰陽院から他方に繋がる〝門〟の前へヒノエを連れてきた。 「トキ様! あの――」 「女の子だけの山登りは少し大変でしょうけど……ヒノエなら大丈夫ですよね? きっと期待に応えてくれると信じてます」 「…………はい」 「じゃあ、気を付けて行ってくるように」  そんなこんなで意見を言う暇もないまま、ヒノエは一人〝門〟を潜った。すると一瞬で辺りの色が失くなりグニャリと風景が歪んだ。そして数秒とたたないうちにこうして山門の一角にヒノエは佇んでいたのだった。
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