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剣幕に気圧されたのか。僅かに唇を噛み締めミズハは黙る。だがそれでも、すぐに口を開いた。
「とにかく、貴女は必要ありませんわ。この指令、私一人で充分です。〝新米〟の貴女は早く陰陽院に御帰りになったほうが宜しいんじゃないかしら?」
「……。随分と……言ってくれるな……」
自分で言うのも烏滸がましいものだが、ヒノエは比較的気の長いほうの人間だ。だがそれでも、こうもハッキリと〝無用〟だの〝役立たず〟だのと初対面の人間に断言されるのは我慢ならなかった。僅かに引き攣りながらも微笑をその口元に浮かべると、ヒノエは拳を握りしめる。
「異形が暴れるこの山の中でも〝優秀〟なキミなら、さぞかし余裕なんだろうね?」
「当然ですわ……! 貴女とはデキが違うんですの」
「どうだろうね。口だけなら誰でも、幾らでも言えるから」
「な、なんですって……」
互いにこんなことで時間を潰している余裕はない。だがそれでもさらに口論を始めようと互いに身構えた瞬間だった。
「え……?」
「なに……? 異形が……いない」
突如掻き消えた多くの気配に、二人は同時に声を上げて周囲を見回した。
先ほどまで身を切るような冷風が吹いていた。だが、気付いた時には風はなくなり慌ただしかった獣や異形の姿も、影も形もなくなっていた。その時、ザワリと山の気配が揺らいだ。異様な気配に、身体中の毛が逆立ったように感じた。突如、獣の咆哮が轟く。
「ひ……ッ」
「静かに……!」
傍らで、ミズハが悲鳴を上げるより早く、ミズハの口を手で抑えた。ムグムグとくぐもった声を発するミズハを引きずり、茂みへと身を潜める。
「―――ッ!!」
その得体の知れない何かは、ビョウビョウと耳障りな声と気配を発していた。ヒノエはソレが〝異種喰い〟なのだと直感した。
「……強そうだ」
「なに他人事みたいに言ってますの。まさかあそこまでの異形だなんて、聞いてませんわ」
「ボクはある程度想定はしていたけどね。けどそれ以上だ」
異形が去って行った山頂の方角を恐怖の滲んだ瞳でミズハは見ていた。先ほどまで強気に振る舞っていた姿とはうって違い、その表情は年相応の少女のものに見える。
そんなミズハの様子を横目に見ながら、ヒノエは先ほど見た異形の姿を脳裏で思い浮かべた。
――今のボクじゃあ敵いそうにない、な。……でも。
「諦めるものか。ボクはトキ様を超えるんだから」
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