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歯は白いままだ。
お歯黒を塗るのが正式なんだろうけど、今どきそんな面倒な化粧をする人はいない。
歯を黒く染めるためのお歯黒液は金属を腐らせて作る。
腐った金属はものすごく臭い。室内に置いてはいられないので、お歯黒壺は回廊の下に保管し、塗るときも窓を大きく開ける。
さらに中国大陸帰りの医者が、お歯黒液の金属が人体に悪い影響を与えると言ったとかで、天皇様もお歯黒を控えておられるとか。結局、誰が始めたか分らない歯を黒く染めるだなんて習慣は、みんながやめるきっかけを探していたのだろう。
眉毛は抜いてしまっているらしくて、何も無い。
今どきなんだろうけど、これはちよっと外れだな……と、万結姫は思った。
唇は肉厚のぽってりした良い形をしている。
全体的に。ごく普通のお顔立ちと評価するのが妥当だ。
「うーおほんっおほんっっ」
几帳の隙間から今東宮様を凝視していた万結姫を、千寿丸が咳払いでいさめた。
「それで千寿丸よ。この心を慰めてくれるものとは、なんであるか?ああ……露羽よ。そなたはどうして心変わりをして弟の二条の宮と恋仲になってしまったのじゃ……」
はらはらと涙を流し始めた今東宮様のそばに、千寿丸がだっとすごい勢いで駆けつけた。
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