壱。恋の季節なりけり

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「きゃあああっ」 万結姫の絶叫に驚いて小人が岩の合間から慌てふためいて飛び出してきた。 腕には金柑をしっかり抱きしめ、返すもんかという顔をしている。 狩り袴に白い下着を着て、ボロボロにすりきれて模様も見えない袿を羽織っている。 世にも情けない破れ姿だが、男のようだった。 その小人は金柑を抱きしめたままじろりと万結姫を見上げてきた。  汚い汚れきった姿を見ていると、くさい匂いが漂ってきて、万結姫の鼻を刺激した。 「は、は、はっしょんっ。あんた、わたしの金柑取ったわね。最後の一個だったのよ……くしゅっくしゅっくしゅっ」 「これは大変美味であったぞ。お前が岩屋に奉じたのであったか。よい心ばえじゃ」 きんきんと甲高い言葉で話す。 この話し方はちょっと前に宮中で流行った。 近衛寮の若武者たちが都大路の遊び女をひっかけるのに使ったとか。 だが、流行に敏感な都人は、もうこんな話し方はしていない。 その事を教えてやるべきかと思ったが、面倒くさくてやめた。
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