壱。恋の季節なりけり

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壱。恋の季節なりけり

母上の寺参りは、功徳が無いのではなかろうか。 万結姫は寺参りのたびに、悩みごとは違えども決して母の思惑通りに事が運んだことが無いのに気がついていた。 この度も、父である大納言殿が情けをかけた女房どのが産んだ、万結姫と同い年の男の子が侍従として東宮御所に参内したという噂を母上の乳母が聞きつけた。 「なんと情けない。長子は我が子万結姫ではないか。こちらの縁談をまとめるのが先であろう」 そしていつもの寺参りとなった。 季節は夏に向かっている。 山の静かな尼寺で、読経三昧。避暑に来たと思えばよい。 万結姫も三日目くらいまでならば、心広くいたのだ。しかし、昼夜愚痴に付き合わされ、ましてや己の縁談がことの発端とあっては次第に気分が塞いできた……もとい。我慢の限界に来たのだ。
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