参「雁擬き」

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参「雁擬き」

 日立市での出張が終わり、常磐自動車道での帰路。守屋SAで休憩している。  当世の若者はスマートフォンに夢中。俺も例外ではない。SAに置かれた地元の名産品には金を出さず、何処にでも在るローソンのサンドウィッチを左手に、右手はスマホを離さない。座っているのは社用車の運転席。一番年下だから運転手。  スマホでエブリスタを見る。このサイトは早いペースでコンテストを開催する。締め切った次の月には合否を発表するから、出版社主催の文学賞より悶々とする期間が短く、字数も少ないから応募し易い。  だがエブリスタの『妄想コンテスト』『執筆応援キャンペーン』などが発表されると、俺の作品は毎回落ちた。作品が落ちると、俺の気持ちも落ち込んだ。 「受賞された皆さん、おめでとうございます!」  公式サイトやTwitterにはそう書かれているが、努力の甲斐も虚しく夢破れた者には何の言葉も掛けていなかった。悔しい気持ちから、俺は公式Twitterに返信した。 「受賞出来なかった皆さん! 君は一人じゃないよ! 俺も落ちたよ!」  メッセージを読んで元気になる人が一人でも居ればと考えて。  しかし、俺の気持ちは変わらない。  スマホを握った右手が力無く膝上に落ちる。  森鴎外の『(がん)』だ。俺は末造の妾のお玉ではないか。エブリスタで小説を書いてもTwitterで作品を宣伝しても状況は何も変わらない。『僕』や岡田や石原に殺されてしまう雁。作家になりたい『夢』と云う名の石をぶつけられて虚しく死んでいく。  いや、俺は雁じゃない。雁擬(がんもど)きだ。色んなモノを混ぜて似せているだけ。スマホ+パソコン+テレビ+ゲーム+小説+漫画+映画+その他諸々=俺。皆と一緒。  夢を追う社会人になると、森鴎外の良さが分かる。  初めて『雁』を読んだ時は、いちいちフランス語やドイツ語が入るから下品に感じた。経済ニュースに出演する横文字しか使えない経済学者(エコノミスト)、『時計じかけのオレンジ』のナッドサット、「チョベリバ」のような90年代のギャル語、「陰キャ」などのネットでしか使われないオタク語と変わらないじゃないか。  マジで何言ってか分かんねぇよ!  分かる奴には分かっていたのに。
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