茶番

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「皆さん、ここは危険です! この部屋には悪意が充満している! やつらは悪意をエサにする宇宙生物です! 隊員の指示に従って、速やかに避難してください!」  私は右手を大きく振り、声を張った。 「大変だ! みんな逃げなきゃ!」  そう言って、隣のテーブルから若い男が立ち上がった。新郎の友人席だ。言葉はほとんど棒読みだが、茶番につきあってくれようという心意気がありがたかった。  渡辺は花嫁を背中に隠すように立ち、短い助走をとると窓に向かって跳んだ。私たちのテーブルに一度足をつくと、それを蹴って開いた窓から弾丸のように庭に飛び出した。  芝生の上でひらりと身を翻した彼が、フロックコートの裾をはためかせて美しく着地する姿に、会場の誰もが目を奪われた。  あちこちで感嘆のため息が漏れる。 「すごーい!」  という甲高い子どもの声が響いた。  誰にでもできることではない。体操のオリンピック候補にまでなった渡辺の、鍛えあげられたしなやかな肉体だからこそできる、華麗なアクションだ。  我々は、特撮やドラマのスタントシーンを専門に活躍するスーツアクターだ。事務所には香港映画界の大スターのパネルが飾られている。  スタントだけでなく、演技指導も受けている私たちは、余興の三文芝居との違いを見せつけてやらねばならない。 「総員、渡辺隊員に続け! 未確認生物を外へ誘い出し、このレストランへの侵入を阻止するぞ!」 「了解(ラジャー)! 」  今は唖然としているスタッフ達も、長引けばさすがに咎めてくるだろう。  私は後輩たちを連れて、青々とした芝生の庭からレストランの外へと走り出た。
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