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壁を背にして立つ黒服のスタッフは、訓練された表情筋で隙のない笑顔を見せているが、内心「あちゃー」と思っているに違いない。
花嫁は女優のたまごだというから、スピーチの行間に友人の悪意を感じ取っても、内心の不快感を隠して最高の笑顔を持続するのも造作ないことだろう。
新婦の友人に「新しい彼氏」と言われ、今は新郎として高砂に座る渡辺は、お愛想なのか苦笑いなのか、貼りついたような笑みを浮かべている。
「今までの彼氏さんとは違うタイプだけど、優しそうな人だなぁって思いました」
ぽっちゃりした彼女はにこにこと笑いながら、初めて会った時の渡辺の印象をそう話した。
人を評価する際、「優しそう」という印象は、外見に褒めるべきところが見当たらないときに便利な言葉だ。
渡辺はうちの稼ぎ頭で得意先からの信頼も厚い好青年だが、いわゆるイケメンではない。美女と野獣とまでは言わないまでも、外見だけで判断すれば、高砂に並ぶ二人は確かにお似合いとは言い難い。
友人代表の前にスピーチした、新婦の所属事務所の副社長という男も、新郎の渡辺を美女を射止めた平凡な男として揶揄し、
「こんなことになるなら、私もダメもとでアタックするべきでした!」
と言って会場の笑いをとっていた。
「美織、しあわせになってね」
そんな暖かい言葉で締めくくり、友人代表のスピーチは終わった。彼女は5分ほどのスピーチの中で、「新しい彼氏」という言葉を3回も使った。
ぱちぱちと彼女への拍手が贈られる中、美しい花嫁は、
「さっちゃん、ありがとう!」
とマイクを通さずに満面の笑顔で礼の言葉を投げた。
悪意があるのは、花嫁のほうかもしれない。
ふと、そう思った。
私は後輩の妻となる女性の横顔を見ながら、1ヶ月前に渡辺が漏らした弱音を思い出していた。
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