茶番

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茶番

 私はあのとき、とりあえず結婚してみてもいいんじゃない、と渡辺に言った。  一度結婚したら別れられないってわけじゃないんだし、もしかしたら彼女だってマリッジブルーで不安定になっているのかもしれない。結婚して一緒に住んで、バタバタが落ち着いたら案外穏やかに暮らせたりするかもよ、と。  渡辺はあごがボコボコになるほど口をへの字にゆがめて、 「そうですね」  と言った。  あのときの泣きそうな不安を、彼はどのように処理したのだろう。今日までの1ヶ月で、彼女とちゃんと話をする機会はあったのだろうか。  それとも、爆走するトロッコに乗せられたまま、飛び降りることも彼女と手を取り合うこともできずに、今日という日を迎えてしまったのだろうか。  新郎の従兄(いとこ)だという男性のスピーチは、とても良かった。渡辺が小さい頃からどんなに優しい子だったか、ユーモアを交えていくつかのエピソードを紹介し、会場は暖かい笑いに包まれた。  祝いの席で笑いを取るというのはこういうことだと、花嫁の上司とやらに言ってやりたい気分だった。  その後に披露された新婦友人有志による余興が、また酷かった。  いばら姫を模した「みおり姫」という寸劇で、王子役の男はずっと後ろ姿で顔を見せない演出だった。目覚めたみおり姫が王子の容姿にショックを受け、再びばたんと倒れると、 「そんなぁ~」  と情けない声を上げて会場に振り向いた王子が顔につけていたのは、渡辺の写真だった。
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