ごかい

1/3
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

ごかい

「楽しい」と率直に思うこと。それは遥か昔、どこかに置き忘れた感情だと思っていた。 定年を迎え早数年。老いた自分でも遠足前日の子供のように心を踊らし、中々寝付けなかった昨晩。そんな自分に苦笑しつつ、五階のボタンを押しエレベータの扉を閉めた。 パチっと石を置く音が心地よい。 今日でこの碁会に五回目の参加となる私は、会の中では一番の新参者だ。しかし皆さん、まるで以前からの知り合いかのように親しげに声をかけてくれたり、時にはは碁の指導もしていただける事もある。なんともありがたい。 人と碁を打ち同じ趣味を持つ人と関わる。たったそれだけの事がこんなにも楽しく、人生に華を添えるとは驚いた。 そもそも私の囲碁は一人打ちが当たり前だった。ああ、何も孤独を愛するとかではない。単に碁を嗜む者が周囲に誰もいなかっただけである。 そんな年寄りを不憫に思ったのであろう。孫がコンピューターを通じ、見知らぬ人と碁を打てるようにしてくれたのは記憶に新しい。 当初は慣れないながら、自分では考え付かない手に碁の楽しみが倍増した。しかし石を置いた時に鳴るパチッという独自の音に重みを感じられない。そんなどこか現実味のない対局に物足りなさを感じ始めた矢先、孫に言われた一言は未だに忘れれない。 「じいちゃんは今、画面の向こうの誰かと対戦して、人と繋がってるんだよ!」 目を輝かせて話す孫に、ただ愛想笑いを向ける事しかできなかったのである。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!