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私はミレイのサロンから火災現場を見下ろした。今日は風が強く、未だ燃えている。時折、突風が吹いて、オレンジ色の炎が天高く舞い上がった。静寂な青い炎もいいけれど、躍動する赤い炎も美しかった。ふと見ると、大きな窓ガラスに、うっとりと恍惚の笑みを浮かべる女が映っていた。――ミレイだ。彼女はすぐに私の視線に気づいて、
「……うちも気をつけないとね」
「いやいや、いくらなんでも、セキュリティがしっかりしたこのマンションじゃ放火はないでしょう。しかも、ここ39階だよ」
「あ……、放火なんだ。てっきり、失火かと思って」
教室内は火種になるものや可燃性のあるもので溢れていた。プリザーブドフラワーの加工液はアルコール成分が含まれ、揮発性の引火性液体である。プリザーブドフラワーをアレンジメントする際に固形の接着剤を高温で溶かして使うグルーポットや、アロマの匂いを発生させるアロマポットも、使用方法を一つ間違えば火事に至る可能性が高い。アロマのエッセンシャルオイルにも引火性があった。さらには、火種となるキャンドルやチャッカマンもそこらじゅうにある。ミレイによると、実際にボヤ騒ぎを起こした教室があったようで、
「こっちが安全を考えて、花を加工する場所とアレンジする場所を分けてても、同じ場所で作業しちゃう生徒さんが必ずいるのよね。この前も」
と、彼女の愚痴は延々と続くが、私の考えは別の所へ飛んでいた。これらのものは我が家にでも普通に存在する。また、昼下がりに起きた火事だと、隆史は東京で仕事中のため疑われることはない。我が家の場合、全焼すると、7000万円の火災保険金が支払われる。これに私の死亡保険金を合わせると、8000万円となる。この額なら、隆史は新しい人生をやり直すことができる。私を殺すことも承知するだろう。
「やっぱり、ミレイは神だわ、私の」
「神って、何よ、いきなり」
「ありがとう! 今からリイナちゃんのお迎えに行ってくるわね。帰りに本屋に寄ってくるから。そう……、新しい絵本を読みたいと言ってたから」
飛び上がる気持ちを押さえながら、部屋を出て行く。
……燃やしてしまおう、私も、家も、夫婦の想い出も、何もかも……。
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