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優しくしないで。死にたくなるから。私は夫からタオルを受け取って、
「今日は早いのね、パパ。どうかしたの?」
「早いって、もう夜の9時だよ」
「9時!?」
私は時を忘れ、実験に没頭したようだ。寝室の壁に掛けられた時計を見る。すると、2人の想い出がまた零れ落ちる。
「そう言えば、この時計、覚えてる?」
「ああ、IKEAで買ったね。うちに越してきた時に」
「そう。890円の安物だけど、私が一目惚れして」
「……いつもは優柔不断のママが即決だった」
「でも、これも燃えちゃうんだなぁ。そうだ、庭の花たちはどうなるんだろう」
「どうした?」彼が心配し、私の顔を覗き込む。「燃えるって……」
私は深呼吸してこう告げた。「パパ、話があるの。とても大切な――」
簡単に夕食を済ませた後、私は隆史に殺人計画のプレゼンをした。計画はこうだ。来月、隆史が湯河原へゴルフ旅行に行った夜、私は一人、リビングでアロマポットにエッセンシャルオイルをいれて匂いを楽しみながら、プリザーブドフワラーを作る。しかし、不意に大きな不安に襲われ、病院で処方された睡眠導入剤を飲む。ここまでは隆史のスマホに逐一、LINEで報告をいれ、それを失火の証拠の一つとする。そして、薬が効いた私はその場で寝てしまう。この際、アロマポットの火はつきっぱなし。キャンドルの炎がやがてプリザーブドフラワーの加工液に引火し、やがてその火は石油ストーブに燃え移って、家を全焼させてしまう。そして、私も逃げ遅れて死ぬ――。
「隆史にはね。湯河原から戻って、きちんと火事が発生するか見守ってほしいの。そして、出来るなら、私が眠りに落ちるまで抱いていてほしい。眠り姫を起こす王子様とは反対ね。そうだ、口移しで眠り薬を飲ませてほしいな」
「……ごめん、理解不能なんだけど」
「そうだよね。いきなりだもんね」
「ママ、こういう時は?」
と、隆史は例のルーティンを始めようとするけれど、私は毅然とした態度で、
「ハグはしない。隆史にはちゃんと考えて、決めてほしいの」
しかし、隆史は当然のように、この計画に反対した。私の気が触れたと思ったのか、以前、お世話になった心理カウンセラーに診てもらおうと言い出す。
「正気よ。誰が何と言おうと、私の気持ちは変わらない」
「じゃ、俺の気持ちはどうなるんだ? 無理だよ、ママに手をかけるなんて」
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