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「できるわよ。私を殺しさえすれば、8000万円のお金が手に入って、パパも人生やり直すことができる。パパの夢が叶うチャンスなのよ!」
「……どうかしてるよ」彼は大きく動揺し、この夜は書斎に篭ってしまう。
私は寝室で彼の答えを待つ。窓の向こうに満月が見える。今宵は中秋の名月だ。
翌朝、私がキッチンで朝食を作って来ると、隆史が起きてきた。
「おはよう。今日はパパの好きな茄子の味噌汁としらすごはんよ」
「やっぱり、できないよ。日本の警察は優秀だぞ。すぐバレる」
断る理由はソコか……。おそらく、一晩、書斎に篭って、調べたのだろう。
「駅や街のあちこちには防犯カメラがある。高速にだってNシステムがある。俺が箱根を往復したことは必ずどこかで尻尾を掴まれる」
「失火だとわかったら、本格的な捜査はしないそうよ。肝心なのは明らかに失火による火事だって、警察に第一印象で思い込ませること」
しかし、それは我が家では簡単だった。火種や燃焼物は当たり前にあるもので、放火を連想させるものは一つもない。また、火事の発生にはピンポン球も転がる傾斜した床も利用しようと、私は考えていた。そうすれば、マスコミが正義の味方気取りに、欠陥住宅のせいで被害が大きくなったと騒ぐだろう。
「しかし、保険会社の審査はどうするんだ?」
隆史は、保険会社の審査が厳しいことを知っていた。お得意様で自身が営む工場を全焼させた際、保険金目的ではないかと随分、疑われたようだ。
「火災鑑定人の本も熟読したわ。それを逆手に取って、完璧な計画を立て、それを完璧に実行する。そのためにもこうやって実験を重ねて計画の精度を高める」
「しかし――」
「絶対にバレやしない。信じて、私を――」
隆史はこれには答えず、黙って出勤した。しかし、悪い気はしてないはずだ。
私は着々と準備を進める。まずは心療内科を受診し、憂鬱な面持ちで「最近、眠れなくて」と訴える。すると、こちらの思惑通り、ドクターは私にテキトーな病名をつけ、薬を大量に処方してくれた。しかし、必要なのは睡眠導入剤だけ。残りの薬は帰り道、コンビニの前に置かれたゴミ箱に投げ捨てた。
そして、三郷のIKEAへ向かい、模様替えと称してカーテンを買い替える。店員に名前と顔を覚えてもらうため、わざとお取り寄せで注文をした。
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