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ある冬の日の事
ある冬の日、空は灰の雲に覆われ、道行く人々はその雲に押さえつけられるように首を縮めて歩いている。狭い道を抜け大通りに出ると男は足を止めた。黒い外套の、両手を突っ込んでいるポケットの一つから煙草とライターを取り出すと、慣れた手つきで一本を取り出してライターで火をつける。かじかんだ指先に小さな火の熱がじんわりと伝っていく。一つ煙を吐くと、またもとのように両手をポケットに突っ込んで歩き出した。
灰色の街を歩く人々はどれも道端の石ころの様だ。仕事で忙しく過ごす日々は、男から心を奪っていった。休みをもらった所で特にする事もなく、ただ街を散歩していても殺風景な景色が過ぎていくだけだ。
しばらく歩いて、歩道橋の上を見たときに一人の女性がいた。色白のとても美しい女性だった。その女性はじっと何かを見つめている。男は気になって、少し足を速めて歩道橋へ向かった。階段を上がって、再び女性を見たときに、男はあることに気が付いた。
おそらくこの女性は死んでいる。
理由はわからないがそんな気がした。女の空色のワンピースが冬風に揺れている。
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