ある冬の日の事

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 男は引き返そうとするが、女の口元がわずかに動いたのが見えてちらりと女を見やった。視線をじっと歩道橋の外に向けたまま、ぱくぱくと口を動かして何かを喋っているようだが、何を言っているかはわからなかった。男は怖くなって、踵きびすを返した。  帰り道、フィルターのギリギリまで吸った煙草の吸殻を、持っていた携帯灰皿に捨ててすぐに次の煙草に手を伸ばす。何故だろうか。女の横顔が妙に頭から離れない。男は頭から離れない女の横顔を忘れようと煙草をくゆらせる。そして、いつものように外套のポケットに手を突っ込んで歩きだした。 あの女は何を見ていたのだろうか。季節外れな空色のワンピースを着て、女はいつの景色を見ていたのだろう。そんな疑問が頭の中を渦巻いていた。 家に帰って、黒い外套をハンガーにかける。 身軽な服装に着替えてベッドに横になると、テレビをつけた。そこでは、先日起きた自分には縁もゆかりも無い所の事件を報じていた。定期的にメディアを騒がせる事件やスクープ。ある人にとってはとても重要な事柄であり、またある人にとっては重要なネタなのだろう。だが、少なくともこの男にはどうでもいい事ばかりであった。流れてくる雑音を背に、男は襲いくる睡魔にその身を委ゆだねていった。 幼い頃……確か小学校の低学年くらいだろうか。 玄関のドアを開くと、そこには綺麗な景色があった。     
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