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『アイツらからとられたこれまでのバイト台』
文字の間隔や大きさはバラバラで、しかも最後は明らかな誤字。その香織らしい文字に思わず吹き出してしまった。
笑うのなんて、何年ぶりだろう。と振り返ったが、それはあまりにも遠い記憶で、全ては儚い幻のような過去だった。
きっと、私はこの日、初めて笑った。
それからは、常に香織たちと行動するようになった。ハルナ様たちの嫌がらせはウソのように止み、もう、視線すら合わなくなった。
廊下を歩けば、ほとんどが香織の友達で、皆、口々に彼女の名を呼んだ。
笑顔で答えることもあれば、わざと無視してみたり、連続タッチからターンをして、最後にハイタッチを決めてその場を去る。香織の毎日は、まるでミュージカルだった。
大きく口を開け、豪快に笑う彼女の笑顔を見ていると、心が安らぐ。ずっと長かった前髪を切り、少し無理をして、目を大きく見開いた。
世界は、とても明るかった。
放課後はいつも、香織のお父さんが営む和食居酒屋 ――イチカワ屋―― で過ごした。時々やって来る香織の大学生の兄、聡さんは雑誌モデルをしていて、身長が188センチもある、爽やかでたおやかな人だった。
お母さんは別の仕事をしているらしく、店で見かけたことは一度もない。
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