平穏の崩壊

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★  朝。仕事に出かけていく美穂を見送った後、弘樹も出かける支度を始める。県外のショッピングセンターへ行き、必要な道具を揃える。  一般人でも思い立てばすぐこうして簡単に犯罪に使える道具が手に入るなんて、問題だよなあ。そう思うが、口には出さない。もし今弘樹の隣に美穂がいて、彼の台詞を聞いていたなら、彼女はなんと答えるのだろう。その通りだと笑うだろうか。不謹慎だと怒るだろうか。どちらにしても、きっと可愛い。弘樹は自分の顔がほころぶのを感じた。 (その平穏を守るための行為なら、たとえ犯罪だろうと躊躇しない。決行は今日。彼女のために、今の選ぶべき道は1つだ…) ☆  鈴木ハイム206号室。ここにあいつが住んでいる。世間を騒がせる猟奇事件の犯人が。僕は周囲に人が居ないことを確認し、解錠にとりかかる。古いタイプの鍵で良かった。案外簡単に開きそうだ。カチリ、と音がする。ノブを回して手前に引くと、あっけないほど簡単にドアは開いた。ここまでは順調。  僕の計画はこうだ。留守中に部屋に忍び込んで待ち伏せし、あいつが帰宅した無防備なところを襲う。一連の殺人事件の犯人は自分である、という内容の遺書を残し、自殺に見せかけて殺す。無論、遺書は彼女の存在を伏せた内容だ。  これは犯罪だ。そんな事はわかっている。しかし他に方法は無いのだ。  あいつがアパートを出て行くのは確認した。あと数時間は帰ってこないだろう。 何の気なしに部屋の中を見ると、棚の上には写真立てが置かれ、あいつが恋人らしき人物と一緒に写った写真が収められている。 僕の体に怒りが燃え上がる。  ふざけるな。こんなにもたくさんの人を不幸にしていながら、自分は恋人とのうのうと過ごしているというのか。  ふと思う。写真の中で微笑む恋人は、隣で笑う人物がおぞましい連続殺人犯であると、知っているのだろうか? □  帰宅してすぐ、彼女は部屋の鍵を閉め、チェーンを掛ける。午後5時までの仕事を終えたばかりのこの時刻は周囲もそう暗くはないが、用心に越したことはない。  凶悪な殺人犯が、いつ彼女の所にやってくるのかわからないからだ。  戸締りをした後に改めて真っ暗な廊下に目をやり、ため息をつく。 「ちょっと、寝てるの?いいけど入り口の電気はつけといてっていつも」  言いかけたところで、この時間であればいつもいるはずの恋人の気配がないことに気付く。
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