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どん、と肩に強い衝撃を受ける。郵便配達員を装った目の前の男に突き飛ばされたのだ。彼女は荷物を抱えたままバランスを崩し、脱ぎ散らかされた靴の上にしりもちをつく。
男はすかさず部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた。このままでは殺される。彼女は混乱する頭で必死に考える。
玄関がだめなら、窓から逃げるしかない。2階から飛び降りれば怪我はするかもしれない。でも殺されるよりずっといい。
もつれる足を何とか動かし、部屋の奥へと逃げる。何か武器、なんでもいい、武器になる物は。
「防音アパートってさ、すごいよね。お隣さんはまさかここで殺人事件が起ころうとしてるなんて、思いもしないんだろうなあ」
男は落ち着き払って言いながら、ゆっくりと追ってくる。
すぐに追いつかれ、転ばされる。顔から床に激突し、鼻血が出た。彼女の肩を乱暴に掴んで仰向けにし、男が馬乗りになる。
「助けて、いや、助けて、助けて!」
「んー、色々持ってきたけど、やっぱここでは殺さない方がいいかなあ。ちょっとだけ寝ててよ」
男は彼女の頸にタオルをかぶせ、その上からギリギリと圧力をかける。
いや、死にたくない、誰か助けて。声が出ない。今この場にはいない恋人に、助けを求める。意識が途切れる刹那、男の声を聞く。
「もしかして、彼氏が助けに来るのを待ってるの?戸川絵里さん。それならおあいにくさま。彼はもうこの世にいません」
★
「ただいま」
鈴木ハイム206号室。ドアを開け、1人の女性が入ってくる。
リビングへと進み、中央に横たわる死体に気付く。背後から近寄る、1人の男。
「おかえり、美穂」
「ただいま・・・ねえ弘樹、やっぱりこの人」
「そう、美穂の周りで色々嗅ぎ回ってた男。警戒してはいたんだけどなあ、まさか家の中にまで入って来るなんて予想外だったよ。待ち伏せでもするつもりだったのかな?なんにせよ、君が帰ってくる前に片が付いて良かった。遺書も持ってるしちょうど良いや。こいつは自殺ってことにして山に捨てよう。見つかる頃にはきっと白骨だ」
「そう・・・絵里は、どうした?」
「安心して、殺したよ。風呂場見て来なよ、今までで一番酷いから。最後の1人だしね。ニュースになるのが楽しみだ」
でも酷すぎてお昼のニュースじゃ流せないかもなあ、そもそも死体が見つからないかも、そう言いながら弘樹は台所に向かう。
「今日はおでんにしてみました」
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