平穏の崩壊

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 テレビからはニュースが流れ、いまだ犯人の手がかりすら掴めないS市連続殺人事件において、全ての遺体から子宮が抜き取られている点から想像できる犯人の人物像を有識者が語っている。 ○  美穂は中学時代、ひどいいじめを受けていた。  彼女がそれを打ち明けたのは、不妊治療で訪れた病院で、子供ができない原因は美穂の精神的な問題にあると聞かされた帰り道だった。  大切な美穂を苦しめた奴らを憎む気持ちはもちろんあった。だが、僕はたとえ子供ができなかったとしても、美穂さえ幸せに笑っていてくれればそれだけで良かった。  そのことを伝え、時間はかかったが子供を育てることだけが2人の幸せではないのだと、ようやく美穂が前向きになってきた矢先。  美穂は、かつてのいじめっ子の1人が、子供を連れて歩いているのを見てしまった。  まるで生まれた時から慈愛に満ちた聖母であったかのような柔らかな笑みを浮かべ、手をつないだわが子と言葉を交わしながら、美穂には気付かず通り過ぎて行ったのだという。  その光景を目にしてからの美穂は、目に見えて元気がなくなった。食事をほとんどとらなくなり、少し食べても吐き出してしまう。どんどん傷ついていく彼女を、ただ見守ることしかできないのはいやだった。 「僕に何かできることはある?君は、どうしたい?」  そう尋ねた。彼女は、 「忘れようと思ったけどできない。あいつらを殺したい」  と答えた。だからいじめに関わっていた奴らを片っ端から殺した。2人で。  最初の1人を殺したあと、処理中の死体から美穂が子宮を引っ張り出したときは驚いた。同物同治という中国の薬膳に根付いた考えがあり、体のどこかが悪い場合、他の生き物の同じ箇所を食べるといいのだという。 血みどろの内臓を両手に抱えて、これで私も妊娠できるかもしれない、と嬉しそうに言う美穂を見て、本当は彼女が子供を諦めてなどいなかったことに初めて気付き、自分の不甲斐なさを悔いた。  最後の殺人から1年。  今、美穂は念願の新しい命をその身に授かり、毎日うれしそうにお腹に向かって話しかけている。 「元気に生まれておいで。私たちは、何があってもあなたを守ってあげる」 それを聞いて僕は、これ以上ないくらい説得力があるな、と笑いながら軽口を叩き、美穂もつられて笑ったのだった。
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