玻璃

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「これ、入学してしばらくしてなくしたことに気づいて…。探したけれど見つからなくて、まさかまた会えるなんて…」  大切そうにそれを見つめるその視線は、優しいはずのものであるのに、愁いを帯びているようにも見える。 「宝物なんです。遠足に行ったときに親友と一緒に買って…」  藍斗くんが前にもこんな表情をしていたのを思い出す。懐かしさと一緒に現れる、どうしようもできないもどかしさが苦しいのだろう。気の利いたこと一つ言えない私には、2人のことを想像して少しだけ気持ちに寄り添う以外に何もできなかった。  下校時刻を知らせるチャイムが聞こえる。藍斗くんはさっきまでとは違ういつもの調子に戻って今度こそ忘れ物をせずに帰るようにと茶化してきた。日が落ちて間もない、まだ若干の明るさが残っている空の下に2人きり。 「瑠璃、っていい名前ですよね」  夜の始まりの道を歩きながらいきなりそんなことを言われると、名前を呼び捨てにされたことに加えてほめられることに慣れていない人間は動揺が隠し切れなくなるのだ。 「いきなりどうしたの、藍斗くんに褒められるとなんだか変な感じが…」  心外だと言うようにわざとらしく目を丸くした藍斗くんは、動揺している私にまったく構わず話を続ける。 「瑠璃って、とても濃くて深い青なのに、なぜかどこかにひとすじの光の輝きを感じるような鮮やかさがある色だと思います。美しい輝きを放つ、そんな色。…ね、瑠璃先輩」  今まで自分の名前をそこまで考えたことのなかったけれど、そう言ってもらえると嬉しくて胸がくすぐったくなる。私の名前を呼ぶその声は、とても優しい音。
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