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軌道
待ち遠しかった放課後の時間、文化祭前の唯一の休息日。前にもこんなことがあった気がするけれど、絶対に今日だけは逃してはいけない。借りていたカメラを返すことすら忘れてしまっていたが、そんなことは気にならないほどだ。
8月の最終日。日が出ている間はまだ暑さが厳しく、少し早足で歩けば簡単に汗をかくほどの気温。4時半を過ぎてもなお、それは変わらないようだ。
風を受けてめくれた衣服から現れた日焼けのあとは、うっすらと境目に今年の夏のしるしをつけている。このくらいで済みそうかと思ったけれど、この調子だとそうもいかないだろう。
心地よいベルの音がここについたことを知らせてくれる。夏の日差しが厳しいからだろうか、店内にはシュガーさんと藍斗くんの2人だけだ。
いつものようにすでにくつろいでいる様子の彼は、私が来たことに気づいてほおづえをつきながら隣の席を親指で差している。そこに座ってカウンター越しにシュガーさんを見ると、注文をする前に目の前に透明なグラスが置かれた。
「今日はね、少しお手伝いをお願いしたいのよ。とりあえず簡単に喉を潤してもらって、おいしいものはそのあとにするのはどうかしら?」
よく見ると藍斗くんの前に置かれたグラスにも、同じように水が入っているようだった。グラス越しにもよく冷えているのが伝わってくるそれをぐびりと飲み干すと、さっきまでの汗がすっと引くように感じた。
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