カロン

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 控えめにレースやフリルの装飾がついたエプロンは、シュガーさんのこだわりと見ている。ある時は星がきらめく夜の闇のように深い藍色を、ある時は朝露に濡れた薔薇のような真紅を。どれも物語に出てくるような上品で美しい大人の女性を感じさせる。珈琲を淹れる綺麗な動きに思わず見とれて、私もこんな女性になれるだろうか、なんて店に来るたびに考えてしまう。 「はい、どうぞ」 「ありがとうシュガーさん」  カフェラテのスペシャルは私のオリジナルメニューだ。そんなことを言うと聞こえはいいかもしれないが、実際はカフェラテをかなりの甘さにしたおこちゃま珈琲のことなのである。カロンに来るたびに、無理して珈琲を飲もうとする私を見かねたシュガーさんが、 「あなたのような可愛い子には、苦い珈琲はまだ早いんじゃないかしら」 と言って、出してくれたのだ。普通のカフェラテよりもミルク多め砂糖たっぷり。 「苦い珈琲はね、世の中のにがあいことを知ってからでいいのよ」   私がこれを一口飲んだ後に、必ずシュガーさんが言うこの台詞が好きだ。いつも通り今日あったあれこれをしばらく話して、お客さんが増えてきたころに店を出る。ガラス越しに手を振り、進行 方向を見て歩き始める。夕方だというのに、やわらかい空気を感じる。一週間前に比べるともうだいぶ暖かくなって、上着もいらないくらいだ。海に太陽が沈んでゆく。
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