カロン

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 私自身のことを少し記すとすれば、この街に住む平凡な高校2年生というのが適切な説明になるだろう。毎日この坂を下って家へ帰るのだが、少しだけ人より強い好奇心がこの店を見つけるきっかけになった。  それは高校に入学してすぐボランティアで行った介護福祉施設のお花見会。ひとりのおばあちゃんと一緒にお茶を飲みながら桜を見上げていると、「おもしろい話があるのよ」と言われたのだ。 「この街は丘の上にあって、海が見える街でしょう。その分だけ、坂もたくさんあるわ。 あなたもそう思わない?」 「はい、見晴らしはいいけれど学校に行くときに坂を上るのは結構大変です」 「私もあなたと同じ学校に通っていたわ。登校がつらい分、下校は楽しいのよね」 「その気持ち、とてもよくわかります」 「懐かしいわあ、お友達と毎日いろいろなことをしたのよ」  おばあちゃんがいたずらっ子のように目を輝かせて私を見た。 「『夕暮れ時の魔女』って知っているかしら?」 「魔女…ですか?」 「私が学生だったころ、学校中の誰もが知っているようなとても有名なお話だったのよ。海が見える街にある喫茶店で夕暮れ時の魔女が淹れる珈琲を飲むと願い事が叶うらしいって。その噂が本当か確かめたくて、毎日のように喫茶店を探し回ったのよ。学校の近くの喫茶店は生徒でいっぱいだったわ」 「おもしろい噂ですね、本当だったんですか?」 「それは秘密なのよ、3つ決まりがあってね。喫茶店には一人で入ること、見つけても人に教えないこと、この話を信じること。今でも覚えてたわ、自分でも驚いた」  そう言って笑うおばあちゃんを見ると、どんどん興味が湧いてきたのだった。そんな噂があるのなら、夕暮れ時の魔女に会ってみたい。一体どんな人なんだろう。 「海が見える街はたくさんあるけれど、もしこの街だったらと思うと素敵ですね」  おばあちゃんは私の言葉に大きくうなずいて、また桜を見上げたのだった。
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