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窓から見下ろすと、ちょうど今朝のように野球部が練習をしていた。一人だけ生徒と違う色のジャージ姿のため、菅がグラウンドのどこにいるかはすぐに分かったが、同じユニフォームを着ている部員の区別まではつかないように思えた。
(あいつがこんな風に、ここから俺を見下ろしてたことも、あったのかな……)
教室の中央に向き直り、内山はつぶやいた。
「戻ってきたよ、知花……」
返事を待つように、彼はしばらく中空を見据えて立っていた。
返事はない。
この教室には自分しかいない。
そんなことは入ったときからわかっていた。
内山はため息をつくと、もと来た道をたどって教室の入り口まで戻った。
入り口の引き戸の前に立つ彼のすぐ左側に、部屋続きの旧美術準備室へのドアがある。内山は立ち止まって、その茶色い扉を見つめた。
ノブに手を伸ばしかけ、しばし逡巡したあと、しかし彼は旧準備室には入らなかった。
唇を引き結び、伸ばしかけた指を拳にしまう。
内山は踵を返し、教室を出ていった。
階段を下りていく彼を、旧美術室に詰まれた荷物の影から、一人の華奢な少年が見つめていた。
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