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西側の階段を上りきった最上階に、その教室はある。
今は倉庫として使われているこの部屋は、7年前までは美術室だった。
当時は見るともなしにしょっちゅう見上げていたのだろう、入り口の「美術室」のプレートが外されていることに、内山は軽い失望を覚えた。
朝の職員会議の後に行われた始業式で、内山は他の二人の新任講師とともに生徒たちへの無難なあいさつを済ませた。 母校で教えられることが嬉しいと、まじめな教師の顔で言った。
面白味のない新任教師のあいさつを、何割の生徒がちゃんと聞いていただろう。
(母校に戻って来たかった本当の目的がこの教室にあるなんて、誰も想像しないよな……)
内山は旧美術室の引き戸を開けた。
一瞬、鼻をついた油絵具のにおいに、当時のままの教室と、イーゼルから振り向く「彼」の姿が見えた気がした。
暖かい懐かしさに胸が震えたのに、なぜか頭の先まで鳥肌が立つ。
一瞬の目眩からさめると、そこは机や椅子、様々な教材の詰まった段ボールなどが無造作に積まれた、まさに倉庫にしか見えない空き教室だった。
日当たりのいい教室のはずが、窓際にまで積まれた荷物のせいで薄暗い。荷物の隙間にのぞく窓から、西日が斜めに差し込んでいた。
くん、とにおいを嗅ぐ。
(不思議だな。この部屋はまだ、油絵具と希釈油のにおいがするんだ……)
部屋そのものにしみついているのだろうか。この教室に入ったときから、倉庫らしいほこりっぽい匂いとは別に、独特の油臭さが内山にまとわりついていた。
内山は荷物の間を縫い、じゃまな箱を押してずらしながら窓辺まで進んだ。
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