[一段目]Adagio(アダージョ) 緩やかに。

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「お会い出来て良かったわ、首座さま。」  毅然と顎を聳やかして、満智子は言う。 「率直に申し上げます。我々、東京地検特捜部は、これまでに起きた一連の政治汚職事件には、共通した黒幕がいるのではないかと考えています。」 「…黒幕の目星は、着いているのですか?」 「えぇ。当該の人物は、或る違法団体の主催者を務める者です。皆さんの方が、良く御存知なんじゃないかしら?鈴掛一門の頭領──通称《禊》と言う男を??」 「………。」 「驚かないのね。やはり、心当たりが?」 「そう受け取って頂いて構いません。」 「そう。では伺いますが…。現在、《禊》と呼ばれている人物は、本当に『真行寺行定』ですか??もしかしたら、別人なのでは?」 「…《禊》とは、鈴掛一門の頭領を示す称号です。特定の人物の別称ではありません。」  若い当主の慎重な受け答えに、満智子は、したり顔で首肯した。鋭く核心を突く地検の女帝は、自信と確信に満ちている。 薙は、僅かな疑問を抱いて訊ねた。 「検事。貴女は、何処で《禊》の情報を?」 「父よ。」 「お父様?」 「えぇ。父は、東京地検特捜部の捜査部長だった…。或る大物政治家の汚職疑惑を極秘捜査している際に、鈴掛一門なるカルト教団が、疑惑に関与しているという確証を得たの。だけど…証拠となる筈だった密談の音声記録は、何者かに依って持ち去られた。その後…父は、母と共に鈴掛一門に呪殺されたわ。」
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