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その同じ頃。
菖は、身体を突き抜ける様な衝撃を感じて、飛び起きた。
「ゆ…う、ま…??」
渇いた喉に張り付く舌が、彼女の呟きを遮る。
激しく上下する肩。
荒く乱れる呼吸。
潰れる様な胸の痛みが、菖を、言い表せない不安の奈落へと追い落とす。
「お目覚めかしら、鈴掛の狗姫?」
「っ──!?」
不意に声を掛けられて、菖は漸く、自分が措かれた状況を理解した。
其処は、六畳ほどの和室である。
真新しい白い寝間着に着替えさせられた彼女は、豪奢な錦の布団の上に寝かされていた。
カチカチと時を刻む古い柱時計の針は、間も無く午後五時を示そうとしている。
そして──
薄闇を仄かに照らす行灯の向こうには、和服の美女が静かに座して、此方を見詰めていた。
「御初にお目に掛かるわね。私は、鏑木沙耶。嘗て《金の星》の南天を務めた者よ。」
「六星…行者!?」
「えぇ、そう。貴女には、色々と訊きたい事があるの。少しばかり、ガールズトークに付き合って頂くわよ?」
「………」
その日。美翠楼の一角では、二人の女行者に依る執拗な問答が、繰り広げられた。
六星と鈴掛──ふたつの行者衆にとって、歴史上、最も長い夜の始まりであった。
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