[三段目]Appasionato(アパショナート)激しい感情をもって。

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 その時。業火渦巻く町の中で──紅青は、或る『男』の到着を待っていた。十曜が、無事に『目的』を遂行した事は、既に把握している。監視に付けていた眷属が、『男』と十曜の遣り取りを、全て報告していたからだ。 (次の『器』になる男を、闘わずして手に入れたか。十曜め…それで、この私を出し抜いたつもりか?)  十曜の行動は、当初の予定より、だいぶん消極的なものであった──が。 紅青は、その成果に満足している。 飼い犬が見せた『細やかな抵抗』も、いっそ小気味良い。 今は唯、『戦利品』を携えた十曜が、猟犬の様な忠実さで、彼の元に戻って来るのを、首を長くして待つだけであった。  片や。燃え盛る炎の向こうでは、複数の消防車両が集まり、けたたましくサイレンを鳴らしていた。ゆらゆらと揺らめく熱波の中、赤い回転灯が、気忙(きぜわ)しく回り続けている。  …消火作業は、遅々として進まなかった。 鈴掛行者達が敷いた《足止め》の結界に阻まれ、火元に近付く事が出来ないのである。  夜空を紅く染める炎。 宵の口に発生した『原因不明の爆発事故』は、古い町並みを一気に絡め取り、収拾の余地無く燃え続けていた。  その時である。 「紅青さま。」 聞き慣れた声に呼ばれて…紅青は、ゆるりと顔を巡らせた。 「お帰り、十曜。御苦労だった。」
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