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彼女を責めるつもりなど、毛頭無い。
だが、精神的な疲労が、訳もなく彼を苛立たせる。取り繕う台詞も探せないまま…一慶は、静かな口調で言った。
『帰れ、薙。お前一人なら逃げ切れる』
「一慶!? 何言ってるの??」
『俺なら心配ない。自分でどうにかする』
「嘘だ。」
軽く睨み返して、薙は言い放った。
「そんな言葉には誤魔化されない。こういう時、一慶は嘘を吐くんだ。いつもいつも、いつも!」
『薙…』
「本当にボクの為を思うなら、言う事を聞いて!此処を出る時は、一慶と一緒だ。ボクが、そう決めた。」
頑是無い子供の様に、食い下がる薙。強い黄金の光を宿す瞳は、邪宗の妖気すら圧倒する。
「一緒に帰ろう、一慶。必ず助けるから。」
その言葉に、とうとう鋼の意志も陥落した。ふと渋面を解いて、一慶が呟く。
『…馬鹿だな。それじゃあ、姫と騎士の役目があべこべだろう』
「あべこべだって良い!一慶がいなきゃダメなんだ。生きている意味も…感じられない。」
『奇遇だな。俺もだよ』
「……」
『……』
刹那絡み合う、熱い眼差し。
透明な壁に手を付けば、ガラスの向こう側から、彼の大きな手が重なる。
「一慶、ボクと一緒に逃げてくれる?」
『あぁ。だけどそれには、作戦が必要だ』
「作戦?」
『そうだ。一か八かの賭けになる。それでも、俺に乗るか?』
「──うん。望むところだ。」
共犯者の笑みを交わして、二人は綿密な『作戦』を立てる。
薙が行動を開始したのは、その明け方の事であった。
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