[四段目]Vivace(ヴィヴァーチェ) 活発に。

7/145
前へ
/968ページ
次へ
 彼女を責めるつもりなど、毛頭無い。 だが、精神的な疲労が、訳もなく彼を苛立たせる。取り繕う台詞も探せないまま…一慶は、静かな口調で言った。 『帰れ、薙。お前一人なら逃げ切れる』 「一慶!? 何言ってるの??」 『俺なら心配ない。自分でどうにかする』 「嘘だ。」  軽く睨み返して、薙は言い放った。 「そんな言葉には誤魔化されない。こういう時、一慶は嘘を吐くんだ。いつもいつも、いつも!」 『薙…』 「本当にボクの為を思うなら、言う事を聞いて!此処を出る時は、一慶と一緒だ。ボクが、そう決めた。」  頑是無い子供の様に、食い下がる薙。強い黄金の光を宿す瞳は、邪宗の妖気すら圧倒する。 「一緒に帰ろう、一慶。必ず助けるから。」  その言葉に、とうとう鋼の意志も陥落した。ふと渋面を解いて、一慶が呟く。 『…馬鹿だな。それじゃあ、姫と騎士の役目があべこべだろう』 「あべこべだって良い!一慶がいなきゃダメなんだ。生きている意味も…感じられない。」 『奇遇だな。俺もだよ』 「……」 『……』  刹那絡み合う、熱い眼差し。 透明な壁に手を付けば、ガラスの向こう側から、彼の大きな手が重なる。 「一慶、ボクと一緒に逃げてくれる?」 『あぁ。だけどそれには、作戦が必要だ』 「作戦?」 『そうだ。一か八かの賭けになる。それでも、俺に乗るか?』 「──うん。望むところだ。」 共犯者の笑みを交わして、二人は綿密な『作戦』を立てる。  薙が行動を開始したのは、その明け方の事であった。
/968ページ

最初のコメントを投稿しよう!

870人が本棚に入れています
本棚に追加