[一段目]Adagio(アダージョ) 緩やかに。

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 ──なんて綺麗な『男の子』だろう? 艶やかな漆黒の短髪と、大きな黒曜石の瞳。 ツンと上向く唇は、色付いた紅梅を想わせる。 伸びやかな四肢は小枝の様に細いが、病的な要素は無い。寧ろ、溌剌(はつらつ)とした魅力に輝いていた。 「庫裡(くり)の玄関は、あちらです。どうぞ。」  礼儀正しく案内役を務める少年に続いて、長い長いアプローチを歩く。程無く、屋敷の重厚な玄関が見えて来た。 前を行く華奢な背中に、満智子は極めて素人らしい疑問を()つけてみる。 「ねぇ。君も、お坊さんなの?」  相手が年少者なら、敬語を使う必要は無い。 寧ろ、砕けた口調の方が打ち解け易いだろう。 そんな軽い気持ちで話し掛けた満智子だったが、少年は、彼女の質問に答えてはくれなかった。  代わりに、サッと手を差し伸べて叫ぶ。 「危ない!」 「え??──きゃあ!」  格子様の門扉を潜った途端──。 満智子は、敷居に足を取られて、大きく前へつんのめった。 内外の急激な明度差に視界を奪われ、一瞬、玄関の敷居が目に入らなかったのである。少年に支えられて、どうにか転ばずに済んだが…当に危機一髪の處ろであった。  ホッと胸を撫で下ろして、満智子は言う。 「有難う…助かったわ。」 「いえ。お怪我が無くて良かったです。初めて上山した時、ボクも其処で転びそうになりましたから。」  そう言って、にっこり首を傾ける少年は、一段と華やいで見えた。その笑顔に、満智子は一瞬、見惚れてしまう。 綺麗な男の子だと思ってはいたが、こうして言葉を交わせば、また少し印象が変わる…。 はにかむ様に細めた双眸は、初々しい少女のそれだった。  不思議な子…。 『中性的』と言うよりも、(むし)ろ、性別を越えてしまった存在に思える。
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