[一段目]Adagio(アダージョ) 緩やかに。

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「昨夜遅く、京都府警から連絡があったよ。『京都通り魔事件』の解剖結果が出たんだ。予想通り、容疑者は《鬼童》化した外国人だった。状態から見て、極めて非人道的な投薬実験を行われた可能性が高い。開頭手術の痕もあったよ。」  蔵の中に放置された、忌まわしい育成装置の数々を眺めながら、祐介は云う。 「鈴掛一門は、この蔵で《鬼童》の生殖実験を行っていたんだ。これだけの設備があれば、不可能じゃない。陣頭指揮に立ったのは、中津川悠真で間違いないだろう。」 「陰の法嗣、か。さしずめこの蔵は、鬼童を量産する為の工場ってわけだ。」 「冴えてるね、遥。キミの言う通りだ。あの水子達は、鬼童の交配種だよ。──失敗作だけどね。」 「失敗作…酷い言われようだね。でも、なんで鏑矢が効かなかったんだろう?」  遥の疑問に、祐介は思考を巡らせながら答える。 「多分、《鬼童》が人工生産された『鬼』だからだよ。悪鬼や妖魔と違って、彼等は人間だ。人には、優れた学習能力と順応性がある。あの水子達も素体は人間だ。最初に放った鏑矢の効果を学習して、それに対する耐久性を付けたんだろう。」 「つまり、一度見た技は通用しないってことか。胎児に、あれ程の知能があるとは想定外だった。対鬼童用の鏑矢を、早急に開発しないと。」  大変な宿題を出された鍵島家の現当主は、陰鬱な顔で溜め息を吐いた。 鈴掛一門の開発力は、確実に向上している。 それが一体何を意味しているのか…考えるだに恐ろしい。 「鈴掛一門には、専門家のブレーンがいる。遺伝子や医療に精通した識者だ。国内は勿論だが、最近入国した外国人にも、それらしい人物がいないか、当たってみよう。」  そう語る祐介に頷きながら、薙は、氷見が回収した愛染明王の首を見遣った。 「紅青の目的は何なんだ?一体、ボクに何を求めているんだ…??」  惨たらしい死の向こうに、底知れぬ脅威を覚える。 腐臭を嗅ぎ付けて集まった烏の群れが、ギャアギャアと喚きながら、彼等の頭上を不気味に飛び回っていた。
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