ロイヤルオメガ

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鷹堂(たかどう)は環状を半周したところで、前を行く軍の指揮官に連絡を入れた。 「国立歌劇場手前の丸菱ビルに許可を取っている。当該ビルから地下へ。 構造図に従い、6ヶ所ある通路と換気口、パイプスペースへの出入り口全てに人員を配置。 地上班は劇場の表と脇の各非常口に待機」 窓に肘を固定したまま耳からスマートフォンを離し、スーツの内ポケットに滑らせた。 前日から現場付近の様子を伺わせている偵察官によると、目的人物(ターゲット)は未明にどこかへ出掛けたらしい。 通常の取囲み作戦を若干変更し、待ち伏せて戻った所を保護することになった。 「街に潜むオメガはこれで最後だな。 今回は貴重なロイヤルオメガ候補を一名含んでいる、間違っても傷つけるなよ」 澁澤(しぶさわ)が雲行きの怪しくなった空を見、眉間に溝をつくって呟いた。 黒いスーツの鷹堂に対し、彼の服は艶を含んだダークグレー、襟には身分の高さを示す徽章(きしょう)が留められている。 その上で傾ぐ涼やかな顔立ちには、それなりの育ちが(うかが)え、本人は『当然自分が乗り込むつもりはない』、という意思を以て長い脚と腕を組み、つまらなそうにシートに身を沈めていた。 本来オメガの保護に首長の澁澤が同行することは無いのだが、ある者からの情報を受け、その後の管理局による極秘調査で潜伏するオメガの中に『生き神』に沿う特徴を持っているとの情報を得ると、仕掛人は すぐさま腰を上げた。 つまりは、首長クラスが事務次官を伴って現場に向かうのは、ロイヤルオメガにかなう原石が稀少(きしょう)中の稀少であることを意味している。 ロイヤルと名の付くオメガの保護を嗅ぎ付け、軍の最高幹部も協力という名の欲を見せた。 『首長の出動とあれば、応援と警護は当然』 との名目で急遽部隊を編成し、 首長の澁澤に少しでも印象づけ、あわよくば次期ロイヤルオメガを受け取ろうとする下心が、これほど的外れ(・・・)で大がかりな出動とさせたのだ。 「保護予定の二名は共に体力が落ちている模様です。 時間も手間もそう掛かりません」 「ガキは無能な軍人どもに任せておけ。 お前はターゲットを優先して捕まえろ」 「はい」 車が管理棟を出発してからひっきりなしに鳴り続けるメッセージの通知音に、澁澤は苛立っていた。 「あの日以来、政界や経済界の上位アルファが『生き神』を寄越せと騒ぎ出している。 昼夜問わず、だぞ?」 細いブラウンの髪が今日は珍しくやや乱れ それは鏡など見なくても感覚でわかるのか、澁澤は髪に指を差し込み、乱暴にかきあげた。 「かの儀式でロイヤルオメガの色気と神々しさにあてられたのだろうが、、、」 『神々しさ』は澁澤の皮肉である。 が、色気に関してはオメガの発情フェロモンが大きく作用していた。 ロイヤルオメガは『番の儀式』当日の夜をピークに発情するよう調整される。 初夜である性交の最中にオメガの首後ろを咬ませ、ホルモンを変化させる為だった。 「先のロイヤルオメガはホール到着時、予定より数時間早く発情の初期段階に入ってました。 近年はオメガのフェロモンを経験してないアルファもいますので、その価値を知らしめるには良い機会だったかと」 少しの笑みを以て返した鷹堂を一睨みし 「奴らは管理局(我々)を『ロイヤルオメガの製造工場』だとでも勘違いしているんじゃないのか? 俺があいつらに与えてやりたいのは 『生き神』よりアルファ専用の性欲抑制剤(ダウナー)だ、全く忌々しい」 言って再び窓の外に目を遣った。
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