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澁澤のスマートフォンが通知音を鳴らし続ける中、車は国立歌劇場の裏手へ続くビルの脇で静かに停車した。
鷹堂は腰に着けた携帯型の麻酔銃を確認し 手袋をはめたところで、大きくため息をつく。
管理局の保護監察官時代から彼らを保護する為の手段が、『麻酔銃』という非人道的な物から変わることはついに無かったが、それも今回で終わりを迎えるのだと思うと、このため息は安堵ゆえと言っていい。
重苦しい思いで今一度報告書を取り上げた。
歌劇場地下にオメガ2名が暮らしているとの情報は、
2ヶ月前、闇宿に踏み込んだ際
その場に居合わせた『リク』という青年から得たもので、
彼は仲間に頼まれ、たまたま薬を届けに来ていたところだった。
仲間の名は『アキラ』
アキラは闇宿から逃げ出した後、何らかの事件に巻き込まれ死亡している。
リクを保護した当初はかなり警戒され、会話もままならかったが、センターでの手厚い生活に慣れるうち管理局への誤解が解けたらしく、他にも仲間が二人いることを話し出した。
その内容から二人共がまだ若く、うち一人に至っては10才にも満たないのではないかと思われた。
本来であれば彼らのメンタルに配慮し、年齢に応じた理解を得た後、同意を以て保護されるべきであるのに、上司の澁澤は管理局が設立された当初より麻酔銃を使った迅速な保護の手段を変えようとはしなかった。
局に対する彼らからの誤解が解けない理由はそこにある。
公報上は保護だの擁護だのといっても、目の前で仲間が麻酔を撃たれ、運ばれて行くのだ。
残された者には収容された仲間がその後どうなったか知る術もなく、
実は当局が彼らのために『魂の番』を見つけ出そうと、登録されたアルファのマッチング照会を日々行っていることなど想像できるわけがない。
オメガによる管理局への不信感は年を重ねるごとに強まり、
『保護の際に使われる麻酔銃で半分が死ぬ』
『捕まったら即殺処分』
などというデマが定着していることに、鷹堂は言い得ぬ不満を圧し殺してきたのだ。
─ だが、それも今日で最後だ。
鷹堂は車から降りて報告書をシートに放った。
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