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ザッザッザッザ、、、
「アシュリッ、早くっ、早く」
オフィス街の隙間から覗くシティホールを背に、ダウンタウンの外れを隠れ走るとき 、いつも思う。
俺たちは、
何の為に生きてるんだろう
、、、って。
───
タンタンタン、、、
そびえ建つ近代的なビルと、重厚なゴシック様式で造られた国立歌劇場との隙間。
その狭い路地に潜り込み、少し行けば建物の裏に ぽっかりと開いた地下への鉄階段がある。
阿朱里は背中を押されるようにしてその階段を降り、『地下牢』までたどり着いた。
『地下牢』といっても、実際には華やかな表通りに入り口を構える歌劇場、通称オペラ座の空調管理と点検用の配管スペースなのだが、
コンクリートと黴臭いだけの灯りのない狭い空間と、奥の路地面に貼り付く侵入防止用の錆びた鉄格子を見れば、大都市の真ん中にありながら まさしく中世の牢獄みたいであったし、1日のほとんどをここで過ごす自分に似合うと思い、そう呼んでいた。
一方、少し離れた薬屋の物置兼屋根裏に身を潜めるリクはこの地下を
『怪人の部屋』と呼ぶ。
夜、狭いスペースに灯すランタンの灯りが、オペラ座の地下に棲む『怪人』でも誘うような雰囲気を醸し出してるからだと言うのだ。
阿朱里の『地下牢』に対抗しての事だろうが、どっちで呼んでも妄想にすら至らないほど何もなかった。
唯一あるのはベッドに代わる積んだ木箱と数冊の本。
手垢がついたそれらの本は常に木箱へ隠している。
世間から隠れ、息を潜めて生きてきた無学の阿朱里は真夜中から早朝にかけ、劇場に忍び込んでは、併設する図書室から本を借りてきて読み、返す際にまた別の本を借りるというのを繰り返していた。
食べ物は、地下つたいに一階厨房にある食料庫の真下に行き、そこから床板をずらして中に入り込み日々の糧になりそうな物を盗む。
手に入れた物は阿朱里が世話をしているハクにも分け与え、一人立ちしているリクには薬や金など、別の何かと交換し合う。
『地下牢』や『オペラ座の怪人』は盗み読みから得た知識であり、阿朱里は食料に留まらず、自分やハクの服、二人が使えそうな日用品までを役者が楽屋に置き忘れた物などの中から調達していた。
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