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───
『どこへ行くんだろう、、、』
ハクがあんなことにさえならず、
両の目が開き、意識がもう少しはっきりしていれば、
こんな状況でも阿朱里は初めて乗る車に好奇心を持ったに違いない。
霞む視界の中で、雨を弾く車の窓は黒光りしてるだけだった。
が、動き出した車中から見る遠くの建物はゆっくりと移り変わり、窓を打つ雨は驚くほど速く横滑りに次々と消えてゆくのが朧気にわかる。
「眠れるなら眠っておくことだ」
頭の上から耳慣れない落ち着きのある低い声が阿朱里を包む。
───
話に聞いていた捕獲の終始は、実際のそれと随分違っていた。
阿朱里は縛られたり、暴力を受けたりはしなかった。
ハクと話をさせろとの訴えは聞き入れられたし、一度は麻酔らしきものを構えられたものの、結局使われることはなかった。
乗せられているのは眠りたくなるほど柔らかなシートの上であり、
阿朱里を抱き『眠れ』と言った男の腕はこの上なく優しい。
ハクの死を除けば、狩りだとか捕獲というよりは『助けてもらった』と言う方が相応しいような気がしていた。
阿朱里にとってこの男の香りは矛盾していた。
警戒させ、ピリピリと神経を尖らせる反面、嗅覚と肌は常にその在りかを求め、
匂いを発している場所を探ろうとする。
─ この男がアルファだからなのか、
自分がオメガだからなのか。
、、、が、今はそれについて深く考えるのが億劫だった。
もう身体も動かない。
とにかく疲れていた。
─ この後殺されてもいい。
男の言うまま、今は眠ろう、、、
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