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阿朱里の知らぬ間に、
澁澤の乗った車両を先にした車列は街のはずれにある建物の前で並んで停められた。
管理局でありながら広大な敷地の奥に邸を構え、見た目は西洋の歴史的建造物とも言える佇まいであったが、国営の人種擁護管理局だけに屋内は最新の設備を揃えた施設になっている。
周囲を木々に隠され、横に伸びる2階建ての屋は、その裏手に別棟を隠していた。
鷹堂は正門のかなり手前から、車内のクロマチックグラスを操作し、後部座席を前席から白色グラスで遮り、窓は一層黒く切り替えて外部からの視線を遮っていた。
保護した青年が人のそれとは思えないほど血色を失くし窶れ果てたオメガであるというのを、内勤の職員の目に触れさせたくないと言う配慮からであったが、過去このような行動をしたことはない。
保護した青年の顔は、骨が輪郭を浮かせて乾燥し、片目が塞がっているものの、丸い額の下は長く見ていても飽きさせないほど美しく、はっきりとしていた。
小さくも形の良い鼻はそれに続く締まった唇を充分に惹き立てる役目を果たし、ひび割れた唇が潤いを取り戻して開けば、誰もが理由なく視線を留めるだろうとも思われた。
やせ痩けた両頬は確かに瑕疵であったが、それですら管理局では堅物で通っている鷹堂が自らの頬をすり寄せてみたくなるほど庇護衝動を湧かせてくる。
何よりも、
彼から匂い立つものがたまらなく鷹堂の『男』の性分を焦らした。
視覚や報告書にある些細な情報などに頼らずとも、匂いだけでこの青年の全てが把握できるようである。
「ん、、、」
青年が僅かに片目を開くと、
鷹堂は、大きく切れた力強い眦をびくともさせず阿朱里を見つめ、
「名前はあるのか?」
返事を期待したわけではなかったが、何か語り掛けずにはいられなかった。
「アシュリ」
青年は片方だけで視線を合わせた。
「アシュリ。か」
精悍で鋭さを崩したことのない男の目元が初めて緩んだ瞬間であった。
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