Mate

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「眼球は無事ですね。 抵抗力が落ちて細菌に負けたというところでしょう」 前園は、ぬるま湯にくぐらせたガーゼで阿朱里の目やにを柔らかくし、取れるだけの雑物を除去した。 それから保温用の一枚着を取ってきて着替えさせたりと黙々手を動かしていたが、点滴の準備を終えて顔を拭き、前にかかる髪を払うと、 「歴代ロイヤルオメガの中で、、、 最も美しいのではありませんかね」 仰向く顔に目を遣り、思わず呟いた。 「全くだ、顔の美しさだけでも『生き神』の特徴を満たしている。 街に潜む最後のオメガだったが、大きな収穫だと思わないか?」 澁澤の問いには、 「そのように思います」 と返答しながら薬液を垂らす針先を腕に刺して固定した。 続いてようやく指を使って開く事のできた右目に薬を垂らしたその時、 ガッシャーーーンッ、 物凄い勢いで阿朱里が跳び起き、 「あっ」 という間に部屋の隅に置かれたデスクの下に潜りこんでしまった。 点滴の針を固定したままであったために、外れたチューブのジョイント部分からは血液が逆流してしまっている。 「止血を」 前園が慌てて追いかけ、目の前に屈み込んで差し出す手を阿朱里は拒み、身を固くし片目で睨んだ。 「これはただの栄養補給だ。出ておいで」 目一杯後退(あとずさ)って尚下がろうとする身体から、取り急ぎ腕の針を抜こうと手が触れただけで、阿朱里は暴れる限り暴れて周囲に鮮血を撒き散らした。 「は、、、」 澁澤(しぶさわ)は口元に微かな笑みを湛えて満足そうに鷹堂を見た。 「どうやらロイヤルオメガにかなう気性もあるようだな。 衰弱が進んでいながらこれだけの気迫があれば精神的素質も充分だ」 『麻酔を』と立ち上がる前園を制し、鷹堂が側に寄って片膝を着いた。 「アシュリ」 名を呼びながら手のひらを上に向けて差しだしたが、自分が手袋をはめたままであったのに気付き、笑みを見せて外すと、再びゆっくりと手を伸ばした。 阿朱里は僅かに顔を左右に動かし、怪訝な顔をしている。 「アシュリ。おいで」 「、、、、」 そのまま1分ほど過ぎただろうか。 鷹堂の手にアシュリがおずおずと指をかけた。 2人の指先がわずかに重なったその時、 「っ、、、」 鷹堂の黒髪が一度だけ ざわり、 と波打った。 その瞬間を目の当たりにした前園は驚きのあまり口を開き、ゆっくりと澁澤に視線を移す。 鷹堂にしても 『触れる』 という行為だけでこのような衝撃を 経験したことはなかった。 一瞬にして静寂が満ちた診察室で、 「魂の番(メイト)か」 澁澤が呟いた時には、 阿朱里は再び気を失い、その場に倒れていた。 手の甲を口元にあて、動かない鷹堂を尻目に澁澤が、 「前園、お前はこのままアシュリの治療を続けろ。 鷹堂は今すぐ俺の執務室に来い」 と言って、先に診察室を出た。
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