Mate

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澁澤は鷹堂の視線に気づき、敵視するかのように睨んだ。 「俺がガキの死に責任を感じない男だとでも思ったか?」 「ええ。ですが短慮だったようです」 「アルファとベータで構成された管理局の中で、未だに奴らに声を上げる事のできるオメガは俺しかいない。 ロイヤルオメガもさることながら、一刻も早く法を制定させ、後に続く者を育てなければ」 管理局が置かれた当初、 『自分はオメガだ』と言った澁澤に、鷹堂は驚かなかった。 アルファだけに与えられる特別進学制度によって飛び級し、18才時には大学卒業と同等の資格を得ていた鷹堂と同じ待遇を受け、管理局に職を得た澁澤であったが、 オメガにしては珍しく雄々しさのある澁澤の、けれどもその身体に見る繊細な造りの節々や曲線が、アルファのそれとは別の美しさを持っていたからだ。 本人は周囲に余計な配慮をさせぬようホルモン剤を打っていると公言していたが、それでも卑下からではないとのアピールの為か、わずかにオメガ特有の香りを残していた。 「人種、属性による差別は、長くそうされてきた側の意識も変えてしまった。 俺はこれまでお前と共に8人のロイヤルオメガを仕立て上げ、世間に送り出してきたが、 国民の意識は徐々に変化しつつも、 『アルファに快楽を与え胤を落とすだけの存在』というオメガ自身の概念は今も変えられずにいる」 悔しそうに語る澁澤が法の支えもなく、どうやって今の地位を得るまでに至ったのかはわからない。 が、鷹堂は管理局の首長である彼こそが実はロイヤルオメガの先走りだったのではと考えていた。 であれば、番である上位アルファの後ろ楯くらいはあったと思われるが、それにしても国民の意識がヒエラルキーの序列を絶対のものとしていた15年前のことであり、この管理局内に於いても相当の試練があったことは想像に易い。 「だからこそ、全てのオメガにとって理想のアルファであるお前をロイヤルオメガの教育者として据えた」 澁澤は立って背後にある両開きの窓を陽の落ちた薄暗闇に向かって開いた。 「アシュリがお前のメイトであっても問題はそこにない。 お前にあいつを、いや、続くオメガたちの意識を変えることができるか否かに俺は焦点を置く」 誘われるように舞ってきた手のひらほどの黒蝶が澁澤の肩を掠め、周囲を一周した後、再び闇に消えた。 「香り良く、見た目にも美しい実を人々は愛で、果実が媚びずとも賞賛と敬意を以て食指を伸ばす。 それが本来オメガのあるべき姿だ」 窓からの風が、長くも短くもない澁澤の柔らかな髪を軽やかに(なび)かせる(さま)を、鷹堂は背後から長い時間見つめていた。
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