Mate

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夜、 麻酔から覚めた阿朱里(アシュリ)の視覚がとらえたのは移された部屋の天井だった。 左目ははっきりと、右目の視界も霞んではいたが部屋の灯りは得ていて、横になっていても身体に力が戻っているのがわかる。 前園が気づき、 「大変な1日だったね。 必要な手当ては済ませたから、もう大丈夫だ。後は食事を、、、」 食事を乗せたトレーを持って近づいたが、 阿朱里は腕にある点滴を見るなり針を引き抜いて素早くベッドから抜け出、部屋の隅に座り込んでしまった。 「アシュリ君、僕は医者なんだ。 酷いことは何もしないよ」 極力穏やかに声をかけたが、阿朱里は壁に顔を寄せ、視線だけを寄越している。 「困ったな、点滴も取ってしまって、 口からも食べてくれないんじゃ、、、」 前園がまるで懐かないペットの気を惹くかのように身を低くして柔らかなパンを差し出すその後ろから、 「私が代わろう」 「次官」 部屋に入って来た鷹堂が笑いを噛みしめ、前園の手からパンを取り上げ、トレーに戻した。 「お前が医者とはいえ、針を刺す者から食べ物は受け取らないだろうな」 「あなたはあまり動いてはいけません。 たった今、強い薬を打ったばかりなんですから」 澁澤(しぶさわ)の指示通り、ダウナー接種を受けた鷹堂は阿朱里の放つ匂いにさほど影響されなくなっていた。 「前園、この薬の効果はどのくらいだ?」 「ええっと、24時間ほどです」 「では部屋の外に保管庫を運びそこに3日分ほどの薬剤と注射器を入れておいてくれ」 阿朱里には聞こえないよう前園の耳に口を寄せ、 「アシュリの薬は彼の食事に混ぜ込んで、俺のものといっしょにドアの外に置くように。 着替えもだ。 しばらくの間は誰もこの部屋に近寄らせるな」 「わかりました。あの、、、鷹堂次官」 視線を泳がせ前園もまた小さく口ごもった。 「メイト相手ですと抑制剤の効果にも限界はあります。 先ほどあなたに打った抑制ホルモンの配合値は最高処方ですが、その分副作用もあります。 さらに連日接種しますと身体が薬に慣れて徐々に効きにくくなってしまう耐性も出てくると承知しておいて下さい。 それから、、、 澁澤首長から、アシュリ君にはあなたが彼の」 「わかっている。 今後彼が置かれる立場次第では法に触れることもな。 最優先されるべきは本人の意思だが、、、 何より今はあの子の閉じた心を開くつもりだ」 「、、、はい」 前園は部屋の隅でじっとこちらを伺う阿朱里を見たあと、 それを見つめる鷹堂に一礼し、部屋を後にした。
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