隣のクリスマス

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隣のクリスマス

「一人でクリスマスを過ごそうってときに、ピザを頼むとするだろ。お前ならどうする?」  Yさんは会うなり、そう切り出した。  私は質問の意図がよくわからず首を傾げる。 「どうって? どこの店にするかってことですか?」 「違う違う。一人だと思われないよう誤魔化す? 誤魔化さない?」  そういうことか。  玄関に靴を出してみたり、さも中に友達でもいるかのように声を掛けてみたり、そういうことをする人がいるというのは、聞いたことがある。  そんなに他人からボッチだと思われたくないものなのだろうか。 「私は一人で焼肉屋に行きましたよ」 「寂しいやつだな」  面と向かってこう言われればイラッともくるが、心の内で他人がどう思おうとも知らない。 「Yさん、帰ってもいいですか?」 「隣の部屋に住んでたのが、そういうやつだったんだよ」  彼によると、その男とはもう三年くらいの付き合いだったらしい。  まぁ付き合いと言ってもマンションの廊下ですれ違えば会釈をする程度のもので、ただ一方的に男のそうした癖を知っていることから出た言葉のようだった。  男の癖はクリスマスに限ったものではない。  コンビニで弁当を買おうというときだって二つ。箸も二膳つけてもらう。ベランダでは女性ものの下着が男性ものと一緒に干される。  つまり、彼女と同棲しているという設定らしかった。  しかし男にそのような相手がいないことは明白だった。  一度たりとも、それらしい女を目にしたことはなかったし、壁越しに行為の物音はもちろん、話し声だって耳にしたことはない。 「一年目はな」 「へえ?」 「面白いやつだったよ」  男が隣に越してきた年のクリスマスは、ピザが届いても、男がしたのは部屋の中に向かって「届いたぞー」と声を掛ける程度のものだった。  しかし二年目ともなれば文明の利器を巧みに使うようになったのだ。  すなわち録音である。  これもまた日頃から。  仕事先から男が帰ってくると「おかえりなさい」と女の声。男もそれに対して「ただいま」と返す。それだけに留まらず食事時には「おいしいね」なんて互いに言い合い。テレビを見出せば笑い声。「お風呂わいたよ」「ちょっとトイレ」「おやすみ」等々の定型文の他、時事についても話すし、行為の物音まで聞こえたものだからYさんは、つい最近まで本当に彼女が出来たのかと思ったそうだ。 「それじゃあ、どうして録音だとわかったんですか?」  訊ねると彼は口角をニヤリと吊り上げた。 「クリスマスのときのことだ。去年のな」  つまり、つい、ひと月前のこと。  Yさんが部屋で一人、コンビニで買ったチキンとケーキを食べていると例の如く「お届けにあがりましたー」という声がした。  それまでに隣からは、おうちデートの様子が聞こえていたから、気にも留めずにいたのも束の間、やがて怒鳴り声がし始めた。  女の声だ。 「なんなんですか!」に端を発し「やめてください!」「気持ち悪い!」等、五分ほど続いた。  そして何も聞こえなくなった。  それから、今まで頻繁に聞こえていた生活音や録音もまるでしない日々が三日ほど続いて、夕方、帰宅すると警察がマンションに集まっていた。  なんだろうと思っていたら、隣の男が自殺したとのことだった。  ドアノブで首を吊ったらしい。 「はぁ、なるほど。その人は、死ぬときまで自分が独りじゃないかのように振る舞っていたんですね。徹底してますね」 「ああ。いま思えば、わざとらしい。そこまで壁も薄くないからな。いま思えば、聞かせる意図があったんだろう」  ところで――と、Yさん。 「録音。その音声はどうやって入手していたと思う?」 「ネットとかじゃないんですか? それか人に頼んだ、とか」  彼は首を横に振った。 「盗聴だよ、盗聴。ストーカーだったのさ。……最後に録ったのは、直接かもしれないけどな」 【了】
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