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「敬語。今度、片瀬先生、とか言ったり、敬語を使ったら口をきかないよ。」
そうふざけて、でも半分くらい本気で言うと
「え?!やだやだっ。」
とムキになる美空が思いの外、可愛かったのだ。
目を輝かせて水槽を見つめる美空も、一人で魚に夢中になっていた美空も、あり得ないくらい可愛くて愛おしかった。
きっと、こんなふうに愛おしく思うような存在には、もう2度と出会わないんだろうとは思ったけれど、自分の境遇を考えると、気楽に付き合おうとも言えない。
山の上に何ヶ月も籠って、降りてこない上に、せっかく降りてきたかと思うと、学会だ、研究所だ、と、どれだけ大切に思って、愛おしかったとしても、むしろそう思えば思うほど、手を出してはいけない。
そう思ったのに。
「僕のことなんて、もう忘れてしまっている、と思っていたのに。」
忘れているなら、それでいい、と思ったのに。
「忘れる……わけなんてない。」
なんて、それも最初に片瀬が言ったそのままにそんなふうに言うから。
片瀬は美空をとても愛おしく思っていたし、再会できたことはとても嬉しく思っていた。
そして、美空が自分に対して悪い印象ではないことも嬉しかったけれど、彼女のことを思うのであれば、諦めるべきだと、諦めよう、と思っていたのだ。
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