ガラスの靴を履いたら

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どうして声を掛けてくれなかったのだろうとか、そんなことはどうでもよかった。 あの時、別れてもう二度と会えない、と思っていたのに、わざわざ小春を探して会いに来てくれたのだ。 声は掛けてくれなかったけれど、もう、そんなことはいいのだ。 小春は改めて名刺を見る。 当然のことながら名刺には会社の住所が入っていた。 突然電話しても、繋いでもらえなかったり、避けられたりしては意味がない。 会いに行こう。 小春はそう思ったのだ。 そうしてまた出会った航は、会社のビルのガラスの向こうで、泣きそうな顔をしていた。 ──泣かないで。大好きだから。 思わず抱きしめたくなって、抱きつきたくなって、近寄ったら、ゴンッ!とガラスの音がした。 痛いっ!! 自動ドア、と書いてあったから、開くと思ったのに、ドアが開かなかったのだ。 笑顔で通用口を指さした航に、小春も笑顔を向けた。 ビルのロビーでぎゅうっと抱き合ったら、もう気持ちを伝えることしか考えられなかった。 だから伝えた。 「大好きです、航さん!」 ずっと伝えたかった大事なこと。 伝えられてよかった! そうしたら、強く抱き返してくれた航が 「僕も好きだよ。」 と言ってくれたのだ。 それから、小春にとって初めての交際がスタートしたのである。 演奏家としても徐々に認知され始めている小春は、出張も多い。
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