おかめ

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「呆れるばかりですね。目の前にいる女の心が般若になりそうな……」 「彼女は笑顔で仕事をこなしました。そして完成したものを見て能楽師は大変驚きました。桐で出来た能面箱の中にはおかめの面が入っていたのです。当然、能楽師は彼女を怒鳴りつけます「おいこれはどういう事だ」と。すると、彼女はこれまた笑顔で言います「まだ完成してないのですよ」と。神妙な顔をする能楽師がおかめの面を見ると唇が赤く塗られて居ない事に気が付きます。しかし、そんな事はどうでも良く般若の面を掘らなかった彼女に対する怒りの炎を燃やします。烈火のように顔を燃やす能楽師を彼女はおかめと似たような笑顔で眺めていました。そして、右手に持っていたノミで能楽師の腹を突きます。信じられないような顔をして眺める能楽師の口からはぽたりぽたりと血が垂れるように吐き出されます。その垂れた先にはおかめの口がありまるで紅を差してるように見えたそうな…… それを見て彼女は笑顔を崩さずに「これでやっと紅が差せました」と、言ったそうです」 「フラれた腹いせに殺すとは酷え話ですね」 「当然、能楽師はここで亡くなります。動かなくなった能楽師を見て彼女は大変な事をしてしまった事に気が付きます。ああ、もう彼に会うことは出来ない…… 悔やんだ彼女はもの言わぬ能楽師を担いで東尋坊まで運び、抱き寄せながら崖から飛び降りたそうです」 「心中ですか」 「東尋坊から飛び降りた死体は普通なら近くの村の海岸に流れ着くはずです。ですが…… 不思議な事にあそこに見える雄島に流れ着くのです。海洋学者も潮流の関係上ありえないと言っているのですが…… 当然、能面師の死体も雄島に流れ着きました。見るも無残になっていたそうです」 「土左衛門というやつですか」
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