おかめ

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 ええい、ままよ。私は少しだけクルマの速度を落として後部座席に浮くおかめのお面を手に掴んだ。そして、流れるような動作で運転席の窓を開けてそのままおかめのお面を投げ捨てた。クルマの速度に追いつけるものなら追いついて見やがれ。おかめのお面は風に流れてあっと言う間に姿を消す。こうなれば予定変更だ、民宿に帰るのはやめにしよう。このまま東京に帰る!この手の怪奇現象は人混みに入れば消えるものだ。いくら福井県の人口が少ないと言っても駅前まで出れば人混みになるだろう。それにどう考えても浮き上がるおかめの面と人混みだと絵面が合わない。流石の怪奇現象もここまで市街地まで出れば流石に諦めるに違いない。  私はカーナビの行き先を民宿から福井駅に切り替えた。さっさと福井県から逃げたくて逃げたくてたまらなかった。スピード違反で捕まっても警察官をホテルマンにしてブタ箱生活を楽しんでやる。こうして笑顔のおかめに追い回されるよりはよっぽどマシだ。 カーナビの行き先が福井駅に変わる。その瞬間カーナビの真上を見るとおかめのお面が張り付いていた。例えどこかに捨てたとしても目を離したほんの刹那の間にいつの間にか視界に入ってくる…… これ以上の恐怖があるだろうか。フロントガラスの中央に貼り付けられた交通安全のお守りのようにゆらゆらと揺れながらおかめのお面は鎮座しているのだった。 「もう勘弁してくれよ!」 私は必死の懇願をした。その内心ではクルマのタイヤで潰してやろうと言う気分になっていた。無機物に対して殺意を覚えたのはこれが初めてである。ブレーキに足を掛けたその瞬間、おかめのお面が私に被さってきた。木目調のおかめのお面の裏面が私の顔全体を覆う。私は必死になって目の穴から前を見ようとするが目と穴が中々合わない。何をしているんだ、今はとにかくクルマを停めないと。アスファルトがタイヤを切りつけて黒い轍が地面に付く。  それから程なくにレンタカーはガードレールを突き破り海に真っ逆さまに落ちてゆく…… だが、おかめのお面を被っている私には「落ちている」と言う事しか分からずにフロントガラスの向こうに見える死霊が手招きをするかのように見える激しい波を見ることはかなわなかった……
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