おかめ

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 私は雑誌で記事を書いているしがないライターだ。 今回は雑誌の編集長から「福井県の東尋坊の心霊ネタを書いてくれ」と言われたので北陸新幹線からローカル線を乗り継ぎ福井くんだりにまで来たのだった。  福井県の東尋坊の話と言っても何を書けば良いのやら私は悩んでいた。記事そのものは新幹線内でノートパソコンを開いて纏めた情報で十分だ。その不安は的中し、東尋坊に行った所で書くべきことが何も思いつかなかった。崖から飛び降りた人の幽霊なんて都合の良いものは出てくる訳がない。崖に設置されているフックを握り、そこから波打つ海を見ると死者の手が一斉に身体を海に引きずり込むなんて話もあるが遭遇は出来なかった。余りにインターネットで「東尋坊に来ましたっ」と銘打たれたブログやSNSと内容が変わり映えしない内容しか書くことが出来ない。  余りに書くことが無いので「いのちの電話」とされている電話ボックスの近辺で何か出てきやしないか待機してみる事にした。不謹慎ではあるが自殺志願者が電話ボックスを使う所に遭遇することが出来れば多少は紙面を稼ぐ事が出来る。残酷かもしれないがマスコミなんてこんなもんだ。それを批判されたところで痛む心なんて持っていたら雑誌のライターなんて人の心の悲しみを知らない仕事なんかやっていない。  例によって何も無い。日が落ちて遊覧船が海を掻き分ける音も聞こえなくなり、電話ボックスの照明に蛾が集まりだす頃に東尋坊から引き上げる事にした。
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