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北陸の海の幸が私を出迎えた。きときとの魚介類が私の舌の上で舞い踊る。東京では味わえないこの新鮮さに私は感動すら覚えていた。腹が膨れ上がり至福の気分を味わったところでオーナーの老婆が四分の一に切られたメロンの皿を持ってきた。
「お食事はお楽しみになられたんけ?」
「ええ、とっても」
「それは何より」
私はふとおかめの面の事が気になったので尋ねてみた。
「あのおかめのお面、良いものですね…… あ、すいません。触ってまずかったですか」
「いえいえ、だんねだんね」
この老婆は生粋の福井県民なのか客の前でも福井弁が抜けないようだった。
「いやー、普通だったら縁日で飾ってあるようなショボいものが飾ってあるじゃないですか」
「福井は能の面打ちが始まった場所なんや、この辺りの家には大体あんなお面が置いたるんや」
「ははは、般若とか置いてある部屋とかあったら恐いですね。眠れなさそう」
「あのぉ、おかめのお面触ってみておかしなこと無かったけ?」
「いえ、特には」
「よかったよかった」
「どうかしたんですか?」
「あのお面、生きてるんやって」
老婆がそう言うと同時に息子夫婦が慌てた顔をしながら駆け寄ってきた。
「お母さんったら、お客さんをからかっちゃいけませんよ」
「すいませんね。この辺りの人お面に関してはちょっと拘りがあるみたいで」
こう言うのは息子夫婦の妻の方であった。妻の方は嫁入りしてきた人なのだろうか。福井弁の訛りは全くと言っていい程無い。
「おめみてぇなええ顔したおんちゃんは惚れられやすいんやー 気ぃーつけっさ」
「本当にごめんなさい」
老婆は済まなそうに謝る息子夫婦に連れて行かれてしまった。私はそうそう気にする事も無くメロンを口に入れた。この上ない甘さが口の中に広がった。
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