おかめ

6/15
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
 風呂を終えて自分の部屋に戻ると既に布団が敷かれていた。私は枕元にノートパソコンを置いて今日一日の事を纏める事にした。カタカタと東尋坊の事を打ち込んでいると、何故か誰かに注視(み)られているような気配を感じた。この部屋には私一人しかいないのに他人の目線を感じる訳がない。うつ伏せの体勢で辺りをキョロキョロと見回すとその視線の持ち主と目が合った。おかめの面であった。先程正面から見た時は笑顔に見えたのだが、寝たままの体勢で見上げたそれは照明の陰影もあってか悲しんでいるように見えた。悲しんでいる表情で見下されていては何故か緊張してしまう。私はおかめの面を裏返す事にした。幸い、紐と釘だけで固定されているものだったので裏返しての固定をする事が出来た。おかめの面の内側は高級感溢れる木目調に両目の穴と口の穴がある事でシミュラクラ現象が発生しており、表面の笑顔のおかめの顔以上に不気味さを感じたが顔じゃないだけマシであるために裏返したままにしておく事にした。 それから数時間後、レポートが纏まったのでそのままノートパソコンを閉じて眠りに就くことにした。  夜が明けた。窓の外から差し込む光で私は目を覚ました。窓の外を眺めるとキラキラと光る美しい日本海が広がっていた。その朝日とも夕日とも区別のつかない太陽をスマートフォンのカメラで収めて踵を返すと昨日の寝る前とは何かが違う事に気がついた。部屋そのものが変わっている訳では無いのだが違和感を覚えた。その違和感の正体を確かめる為に部屋を見回すとその正体に気が付き全身に寒気がした。 「どうして」 昨日寝る前に裏返したはずのおかめの面が正面を向いているのだ。風か何かでふわりとまた裏がえったのかとも思ったがいくらボロい民宿とは言えこんなお面をひっくり返すような隙間風が入る訳が無い。もしや民宿のスタッフが…… そう思った私は朝食の時間に老夫婦に尋ねてみた。 「すいません、今朝方私の部屋に入ったでしょうか」 ここで「入った」と答えられたらそれはそれで問題なのだが、正直な話「失礼させて頂いておかめの面を元に戻しました」と、言ってくれた方が気が楽になると言うものだ。 「いえ、お客様の部屋に黙って入る事などありえません」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!