おかめ

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「一つ昔話をしましょう。昔々のことです、能面師の家系がありましてね。その家はとある代になって中々子宝に恵まれなくなったのですよ。そして、ある日のこと待望の子宝に恵まれるのです。その子供は女の子でした。その女の子は生まれながらにして能面師になることを運命られたのです。その女の子は師匠である父親の指導を受け脇目も振らずに能面を打つ修行に明け暮れたそうです。20歳を過ぎる頃には京都から態々能楽師から注文が来る位の名匠となっていたのです。能面師は何人も何人も来る能楽師のうちの一人に惚れましてね…… ノミと鎚を恋人どころか一心同体にして付き合っていた女の子です、そのような職人人生にいきなり現れた王子様…… この時代では不適切な言い方ですがお気になさらないで下さい。心底惚れたのでしょうね。能楽師が小面…… 能面でよく見るやつですね。それを取りに来た時に能面師は思いの丈を告白したのですよ……」 「それでこの告白の結果は」 「能楽師は今で言う所の面食いでしてにべもなく断ったそうです。能面師はノミと鎚に生きてきたせいか全体的に筋骨隆々とした女だてらに逞しい身体をしており、ノミ打ちで歯を食いしばる事が多かったせいかほっそりとした顔をしていたそうです」 「今で言う顔やせってやつですか」 「そうですね、今の基準なら小顔として美人の顔になるのですが、当時の基準としては醜女の扱いだったそうです。能楽師は告白を断られて泣き崩れる能面師に言い放ったそうです。おかめのような美人になってから出直して来いと」 「最低の男ですね。おかめが美人の時代の話だったんですね。平安時代から室町時代…… 能があることを考えると室町時代くらいになるんですかね」 「当時の基準ですから…… それから能面師は仕事が手につかなくなったそうです。常に考えるのは能楽師の事ばかり。師匠である父親も娘の呆けぶりに呆れ果てたそうです」 「そりゃあねぇ……」 「この能楽師、あんな事があったのに節操も無くにまた面を打つ事を彼女に依頼したんですよ。今度は般若の面です」
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