プリンセスにはなれない

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プリンセスにはなれない

 ショッピングモールの自動ドアをくぐると、南の島に到着したみたいだった。ガラスを一枚(へだ)てた外側は、天気予報が夜から雪だと言っていたとおり、冷え込みはますます深まり小雪がちらついていた。  仕事終わりに開いたメールに「急な仕事が入って行けない」と、彼から一報が届いていた。仕事用のパンプスを買い換えるだけだから別に一人でもよかったのだけれど、直前になって短文一つで約束を反故(ほご)にされるのは、やはり面白くない。明日は私の誕生日で、今日が二十代最後の日なのだけれど、そんなことは彼の関心事ではないのかもしれない。「花の命は短くて」なんて言葉が、つい頭をよぎる。  本降りになる前にさっさと済ませて帰りたい。二階に至るエスカレーターに乗った。  靴屋に入るとすぐ、そのポップは目に飛び込んできた。  ガラスの靴、九千八百円。  赤い太字が画面いっぱいに詰め込まれていて、余白の美なんてものは無くて、だからそのポップの下にディスプレイされた透明の靴とは不釣り合いに思えた。ピンヒールのシルエットに、つま先は細くとがったポインテッドトゥ、ヒールの高さは十センチほどだろうか。つるりとしたなめらかな曲線と、気品に満ちたヒール、そして何よりも靴の向こう側に景色の延長が見える神秘は、店頭の展示に足る十分な存在感を放っていた。
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