甦るあの日。

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「錦……御免なさい、私達の為に……私達、見送るだけで……何も出来ずに……有り難う……有り難う……ずっと、そう伝えたかった……!」  ずっと、心につかえたままだった葵の言葉は、西の皇家の者全ての言葉。錦が外交で西へ来た時等も、合間見える事が出来なかったのだ。錦は今や東の『后妃』。従姉妹と言え、気軽に側へ行く事が叶わなくなっていたものだから。  涙する葵の言葉に、錦は首を横へ振る。 「私が決めたんだ。其れに、葵は此処へ来てくれた……有り難う」 「錦……」 「色々心労もあったろう。少しは、落ち着いたのかな……辛かった事だと思う……」  葵は、涙を拭う。そして、仄かに染まる頬。 「久遠様に、心を癒して頂きました……今は、きちんと前を向いているの」  其の様子に、錦も一刀も安堵した様に頬笑むのだった。  御所内へと通された葵は、国賓を迎える部屋にて控えていた久遠と結納の儀以来の再会を果たした。初めて相見えた日と同じく、久遠を前に葵は声も無く、恥じらう視線が合うでも無く只頬を染め俯いていた。久遠は、葵へ厳かに頭を下げる。 「長旅お疲れ様に御座います。漸くお会い出来た事に、心より喜びを感じております」  其の言葉に我に返った葵も手を付け、頭を下げた。 「わ、私も、早くお会い出来ぬかと……指折り、数えて参りました」  徐ろに頭を上げたのは同時。互いに、照れた様に微笑み合う。 「婚礼迄の時はまだあります。どうか、旅の疲れをお取り下され……私は、暫く席を外しましょう」  今一度頭を下げた久遠は、徐に腰を上げた。葵へ身を向けたまま、一歩後ろへ下がった次の瞬間。 「あ、あの……!」  思い切った様な声に、久遠の瞳が再び葵を見詰めた。又、声を詰まらせた葵であったが。 「わ、私……至らない事が多くあるかと……なれど、懸命に貴方様へお仕え致します……!」  改まり、頭を下げる葵の姿に少々驚いた久遠だが、其の側へ寄ると片膝を付いた。葵の肩へ触れ、下げた上半身をゆっくりと上げてやる久遠。徐に上がった葵の顔へ、微笑んだ。 「仕える等と、およし下され。私は、貴方と共に沢山の幸せを見つけたいのですから」
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